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神戸地方裁判所姫路支部 昭和52年(ワ)249号 判決

原告

龍田敏子

右訴訟代理人弁護士

分銅一臣

丹治初彦

麻田光広

被告

日本赤十字社

右代表者社長

林敬三

右訴訟代理人弁護士

石田好孝

妙立馮

主文

一  原告が被告の従業員たる地位にあることを確認する。

二  被告は原告に対し、昭和五二年五月以降毎月一六日限り金一七万三五五五円を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告の、各負担とする。

五  この判決は第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  原告が被告の従業員たる地位を有することを確認する。

2  被告は原告に対し、昭和五二年五月以降毎月一六日限り金一七万三五五五円を支払え。

3  被告は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和五二年六月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行の宣言(第二・第三項につき)。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和四七年四月一日、被告に、勤務場所を姫路赤十字病院として雇用され、昭和五一年九月一〇日以降、同病院の本館四階外科病棟で看護婦として勤務してきた。

2  被告は、昭和五二年四月一九日、原告の同年二月一八日の準夜勤務時における大賀須美子こと大賀澄子当直婦長(以下大賀婦長という。)に対する言動が就業規則一二八条四号ならびに六号に該当するとして、原告を懲戒解雇処分に処した(以下、本件解雇という。)。

3  しかしながら、本件解雇は次のような理由により無効である。

(一) 原告には就業規則に規定した懲戒解雇事由はない。すなわち、

(1) 昭和五二年二月一八日、原告は看護婦の福岡加代子および栗岡香代子とともに本館四階外科病棟の準夜勤務(勤務時間は午後四時三〇分から翌朝午前〇時三〇分まで)に就いていたが、当時右病棟には五四名の入院患者がおり、そのうち六名は重症患者であったため、原告らは多忙であった。

(2) 原告は、右病棟看護婦詰所でチャート整理を終え、午後七時三〇分頃、病室患者の見回りに行こうとした際、大賀婦長が右詰所に入ってきたので、右大賀に対し患者の状態の報告等をした。

(3) 大賀は、原告の報告を受けた後、いったん詰所の出口へ向かったが、振り返って、原告に対し、個室が空いているかどうかを尋ね、原告が、「空いていない。」と答えたところ、大賀は「脳卒中の患者があるが、送られてきたら、外科病棟へ収容して欲しい。」と述べたので、原告は病棟の忙しい状態を説明して、十分な看護ができない旨を述べた。

大賀は「それ(多忙であること)はわかっているが、当病院の職員柴橋さんの母親だから入れて欲しい。」と再度要望したが、原告は、現在でも既に多忙であるのにさらに緊急患者を入院させることは、右患者のみならず他の入院患者に対する看護もおろそかになること等を説明し、さらに、右患者が遠方(朝来郡生野町)から搬送されてくることがわかったので、生野の近くの病院へ入院させる方がよいのではないか、との意見を述べたところ、大賀は「まだ決まったわけではありませんから、患者さんが来られたら水野先生にみてもらって決めます。もし本館四階に入ることになったらお願いします。」といって、前記詰所を出ていった。

この間、約五分のやりとりであった。

(4) 一方、姫路赤十字病院においては、医師による入院の決定があると、準夜勤務の場合、当直婦長から、「入院が決ったからベッドの用意をするように。」との指示命令があるのが通常の取扱いである。

(5) そうすると、当夜、大賀婦長は原告に対し、患者入院のための準備等を指示したのではなく、患者の入院が決定された場合の病室を確保しておくため空床の有無を問合わせたものであり、原告も、右問合せに対し、病棟の状態を説明し、自己の意見を述べたにすぎず、したがって、原告には前記就業規則各条号掲記の業務命令違反等の事由は何ら存しない。

(二) 本件解雇は不当労働行為に該当する。

原告は、被告に雇用されると直ちに日本赤十字労働組合姫路支部の組合員となり、昭和四七年秋から昭和五一年二月まで同支部執行委員(教宣部担当)、その後は同会計監査の職にあるものである。

姫路赤十字病院では、昭和四九年以降、次のとおり組合嫌悪の態度が顕著である。

(1) 昭和四九年度の定期昇給(四月実施)を姫路赤十字病院のみ八月まで実施しなかった。

(2) 昭和五〇年四月、同支部東書記次長を職務上ミスがあったとして理由を明確にしないまま配置転換した。

(3) 昭和五〇年六月二三日、同支部との団体交渉において、放射線科技師の欠員補充を確約しながら、組合員の紹介した診療放射線技師を不採用にした。

(4) 昭和五〇年一二月二九日、組合の一斉休憩戦術の徹底および病院側の看護体制の確認のためパトロールをしていた川添栄子執行委員を、医師の指示にもかかわらず看護婦詰所前室から退室しなかったとして減給処分にした。

(5) 昭和五一年九月頃、組合員に対し組合からの脱退の強要および示唆をした。

(6) 管理職を増員したり、組合ビラおよび組合旗の撤去、組合の集会に対する監視等のいやがらせ行為をした。

すると、原告に対する本件解雇も、その時期、右のような背景事情、原告の組合活動歴等に鑑みれば、組合員に対する見せしめのためなされたものであり、不当労働行為として無効である。

4  原告の本件解雇前三か月間の平均給与は月額金一七万三五五五円であり、その支給日は毎月一六日である。

5  被告の違法な本件解雇により原告が受けた精神的苦痛ははかりしれず、その後の被告の威圧的態度、本件について地位保全の仮処分決定がなされたにもかかわらず、被告は原告を原職に復帰させず、歯科外来へ配置転換するなどのいやがらせを続けていること、また、本件解雇につき被告のした所轄労働基準監督署に対する解雇予告手当の除外申請に関する交渉、弁護士との打合せ、その他本件解雇に関連して生じた経済面の負担などを考えると、原告の受けた精神的損害に対する慰謝料は金一〇〇万円を下らない。

6  よって、原告は被告に対し、原告が被告の従業員たる地位を有することの確認、昭和五二年五月以降毎月一六日限り金一七万三五五五円の賃金の支払、および、慰謝料金一〇〇万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3(一)の事実中、原告に就業規則該当の懲戒解雇事由がないことは争う。

同3(二)の事実中、本件解雇が不当労働行為に該当することは否認する。

3  同4の事実は認める。

4  同5の事実は否認する。

三  被告の主張

1  当直婦長と病棟看護婦の関係

姫路赤十字病院における看護婦の勤務は、午前八時三〇分から午後四時三〇分までの昼間勤務、午後四時三〇分から午前〇時三〇分までの準夜勤務、午前〇時三〇分から午前八時三〇分までの深夜勤務の三交替制であり、その指揮命令系統は、看護部長・婦長・看護婦の順序となっているが、準夜・深夜勤務については当直婦長が置かれ、当直婦長が看護部長の代行者として院内全看護婦を掌握し、当直医の指示に従い、看護業務を統括することになっている。

準夜・深夜勤務時における入院手続は、まず当直婦長が入院希望患者の連絡を受け、同婦長は予め医事課から知らされている空床の有無(ただし、個室かどうかの種類はわからない。)を確認したうえ、空床がある場合には、当直医の了解を求めるとともに、主治医がいる場合は同医の了承を得、次いで空床のある病棟に勤務する看護婦に対し空床の種類(個室か否か)を問い合わせ、その種類と患者の容態等により適宜患者を収容する。

この場合、当直婦長から空床の種類の問い合わせがあると、当該看護婦は当然に自己の病棟に患者を収容するとの暗黙の指示があったと了解し、何らの疑いをさしはさむことなく患者受入れの準備をするのが通常である。

なおまた、婦長は当該看護婦を指揮監督するのであるが、女性同志のことから、その指揮は希望打診という形でなされることが多く、看護婦もそれを婦長の確固たる指示と了解して行動している。これは、繊細かつ臨機応変の措置が要求される看護業務を軍隊口調で指示命令しては看護婦の感情を害し、かえって患者の看護に不利益となる、という長い間の看護婦の経験を基盤とした慣行に基づくものである。

2  本件懲戒の事由

大賀婦長は、姫路赤十字病院の手術室婦長であるが、昭和五二年二月一八日、準夜勤務の当直婦長として勤務していたが、午後六時三〇分頃、当病院に勤務する柴橋郁郎から、母親が倒れ意識もないが、病院に連れていきたいとの連絡を受け、同患者が以前当病院内科で水野保夫医師の治療を数回受けていたことから同医師に連絡し、待機の了解を得るとともに、当直医の上谷良行医師にも入院の了解を得た。

当日、内科病棟は満床であったが、本館四階外科病棟には一一床の空床があったので、大賀は右外科病棟に右患者を収容するつもりであった。

大賀は、当直婦長の通常業務である病棟巡回のため、右外科病棟看護婦詰所に立ち寄った際、空床の種類等を確認するため、右病棟勤務の看護婦リーダー・原告に個室の有無等を尋ねたのち、さらに、「内科の患者を収容しようと思っている。」というやいなや、原告は気色ばんで、「それは困ります。」と語気強く答えた。

そこで大賀は、患者が当病院の柴橋薬剤師の母親であること、意識のない重症患者であること、一晩だけでも入れて欲しい等、事情を述べて説明したが、原告は拒否の態度をかえず、さらに、大賀が、それではどうしたらよいのかを尋ねたところ、原告は、よその設備のよい病院に送ったらよいといい、受入れ拒否の態度をかえなかった。

大賀は、このような態度を示す原告には十分な看護を期待できないと考え、右外科病棟への患者の収容をあきらめ、原告に、「入院が決まったら入れてもらうから。」とのみ述べて、その場を立ち去った。

ところが、同日午後九時頃、柴橋から患者の搬送を見合わせる旨の連絡があったので、大賀は右外科病棟の看護婦にその旨を伝えたが、その直後にまた、患者を搬送するとの連絡があった。

患者は、同日午後一〇時三〇分頃、昏睡状態で当病院に到着したが、大賀は水野医師に、右外科病棟への収容は看護婦の拒否のために不可能である旨を説明したので、同医師は内科外来診察室で患者の応急処置をした。

そして、患者は約三〇分間、暖房のない内科外来診察室に待機させられた後、本館三階内科病棟に収容されたが、治療の効なく、翌日午前五時三〇分死亡した。

3  本件解雇の効力

以上のとおりであるから、大賀の原告に対する空床の問い合せは当該病棟への患者の収容を前提とする収容準備の指示命令であり、原告はそれに反抗し、被告の看護業務を故意に阻害したものであるから、原告の言動は就業規則一二八条四号および六号に該当する。

よって、本件解雇は有効である。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張1の事実中、姫路赤十字病院における看護婦の勤務態勢および指揮命令系統については認め、当直婦長の看護婦に対する空床の種類の問い合わせが、当該病棟に患者を収容する旨の指示命令であることは否認し、その余は不知。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

また、(証拠略)によると、被告の就業規則一二八条が別紙のとおり規定されていることが認められ、これに反する証拠はない。

二  そこで、本件解雇の効力について判断する。

1  (証拠略)を総合すれば、本件解雇は、昭和五二年二月一八日夕刻、原告が大賀婦長の患者収容準備ならびにその収容の指示を故なく拒否し、かつまた、いわゆる患者の「タライ回し」を意味する他の病院への移送を要請したことが前記就業規則一二八条四号、六号に該当するということを理由としてなされたことが認められるので、まず、右事由の有無について検討する。

2  最初に、姫路赤十字病院における看護婦等の勤務態勢(職制)等について考えるに、看護婦は、午前八時三〇分から午後四時三〇分までの昼間勤務、午後四時三〇分から午前〇時三〇分までの準夜勤務、午前〇時三〇分から午前八時三〇分までの深夜勤務の三交替制で勤務し、その指揮命令系統は、看護部長・婦長・看護婦の順序となっているが、準夜・深夜勤務については当直婦長が置かれ、当直婦長が看護部長の代行者として院内全看護婦を掌握し、当直医の指示に従い、看護業務を統括していること、以上の事実は当事者間に争いがない。

また、(証拠略)を総合すると次の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  被告の夜間看護業務については、準夜勤・深夜勤の二交替制の夜勤婦長を置くことを原則とするが、二交代制採用が困難なときは、看護婦長・看護係長による輪番の当直制すなわち当直婦長制を採用することを定め、姫路赤十字病院においても、当直婦長制を採用しているところ、当直婦長は、少なくとも毎夜勤務についた時および勤務の終了時前に各病棟を巡回し、患者の病状・看護の状況・記録および整備状況等、看護環境について観察し看護職員に対して必要な指示を与えるものと定められ、姫路赤十字病院にあっても、準夜勤務の当直婦長は、午後五時頃に病棟の状況を掌握のうえ間もなく一時間三〇分ないし二時間をかけて最初の病棟巡回を行っていた。

(二)  姫路赤十字病院における入院手続については、主治医または当直医が患者の入院を決定し、婦長が右決定を受けて患者を収容すべき病棟および病床を決定するものと定められ、夜勤時の救急患者にあっては、当直婦長が電話を受信してこれを当直医に報告し(主治医があれば主治医にも連絡)、当直医および主治医は原則として患者が病院に到着し診察のうえ入院の決定を行うことになっている。なお、当直婦長は、就務に際し、各病棟の病床の状況(空床の有無等)を把握してはいるが、空床の種類(個室か否か等)については各病棟看護婦に問合さないとわからない。

なお、(証拠略)によれば、被告の就業規則一七条には、「職員は、業務に関する自己の意見又は聞知した事項を、所属上長に具申又は報告する権利と義務がある。」と規定され、同第二条五号によると、看護部長は所属上長と定められていることが認められる(これに反する証拠はない。)から、夜勤看護婦は看護部長の代行者たる当直婦長に対し、業務上の自己の意見を具申する権限があるものというべきである。

3  次に、本件解雇に至る経緯について考えるに(証拠略)を総合すると次の事実が認められる。

(一)  姫路赤十字病院(以下、当病院ともいう。)では、準夜・深夜勤務については各病棟とも看護婦三名が配置され、そのうち一人が責任者(リーダー)となっているが、昭和五二年二月一八日、本館四階外科病棟の準夜勤務の看護婦として、原告、福岡加代子、栗岡香代子の三名が配置され、原告がその責任者であった。

(二)  右病棟の病床数(定床)は六五であるが、当日は五四名の入院患者が収容されており、そのうち、重症者(要注意患者)は食道静脈瘤の患者一名、手術後二日目の十二脂腸潰瘍および胃癌の患者各一名、当日手術した十二脂腸潰瘍および胃癌の患者各一名の計五名であった。

(三)  大賀婦長(当病院手術室婦長)は当日、当直婦長として準夜勤務をしていたところ、午後六時三〇分頃、当病院の薬剤師柴橋郁郎から、同人の母きみ(兵庫県朝来郡生野町在住)が脳卒中で倒れたので当病院へ搬送する、との電話連絡を受けたが、右電話連絡の様子および同女がかつて当病院内科にて受診したことがあること(主治医水野保夫医師)等から、同女の入院は間違いないと判断し、早速病棟の状況を調べたところ、本来収容すべき内科病棟は満床であり、本館四階外科病棟に空床が一一あったこと、その他各病棟の状況からみて、右外科病棟に同女を収容するのが最適であると考え、また、当夜は水野医師が入院患者の診察治療のため在院していたことを知ったので、当直医の上谷良行医師の了解を得て、水野医師に同女の診察をしてもらうことにした。

(四)  大賀婦長は、同日午後七時頃、最初の病棟巡回に出発し、途中、新館五階内科病棟にて診療中の水野医師に会い、前記受信および病棟の状況等を説明し、患者到着まで待機方の了解を得、さらに病棟巡回に向かい、午後七時三〇分頃、前記外科病棟に到着した。

(五)  一方、原告は当日準夜勤務に就くと、右病棟看護婦詰所で、まず五時三〇分まで昼間勤務の看護婦から患者の申し送りを受け、それから七時三〇分頃までチャート整理を行い、右整理が終った頃、大賀婦長が右詰所に巡回してきた。

(六)  大賀は、数分間、原告から患者の申し送りを受けて一旦帰りかけたが、前記救急患者の入院につき打診しておこうと思い、さらに、原告に個室の空床の有無を尋ね、原告が「ない」と答えると、「内科の患者が来るので連れて来たら入れて欲しい。」と述べ、原告が「忙しいので困る。」と答えると、大賀は、患者は当病院の薬剤師柴橋の母であること、意識のない重症患者であることなどと説明したが、原告は病棟の多忙な状態を説明し、これ以上入院させられると十分な看護ができなくなるので、入院患者の受入れは困難である旨を重ねて返答し、傍にいた福岡看護婦も「病棟が多忙である。」と述べていた。

さらに、大賀が、「このような場合どうすればよいの。」と尋ねたところ、原告は、「近く(生野町付近)の設備の整った病院に患者を送った(収容した)方がよい。」と答えた。

大賀は患者の収容について難色を示されたことに些か立腹したが、医師の診察前で、正式の入院決定がなされたわけではなかったので、原告には、「入院することに決まったら、こちらに入れてもらいます。」と述べて、右看護婦詰所を出た。

この間、約五分間のやりとりであった。

(七)  その後、午後九時頃、柴橋から患者の搬送を中止するとの連絡があったので、大賀は右病棟看護婦詰所に電話し、応対に出た栗岡看護婦に、患者が入院しないことになった旨を連絡したが、その直後、再び、患者が当病院に向かっているとの連絡があり、患者柴橋きみは午後一〇時三〇分頃、当病院に到着した。

(八)  水野医師は、早速右きみに応急処置を行った後、直ちに、その入院を決定したが、大賀婦長から本館四階外科病棟は入院患者の収容に難色を示している旨の報告を受けていたので、同医師の権限で、本館三階内科病棟に増床して、同女を収容したが、同女は翌一九日早朝死亡した。

(九)  なお、当病院では、患者を特定の病棟へ正式に入院させる前に、該病棟看護婦詰所に病棟の状況の問合せが行われることがままあり、その後に入院不要となれば、右詰所に入院取止め方の連絡がなされるのが通例である。また、一般に医師が患者の入院を決定すると、直ちに、当該病棟看護婦に病床準備方の指示命令がなされる。

以上の事実が認められ、後記措信しない人証をおいて、他に右認定に反する証拠はない。

4  以上認定説示のところにてらせば、大賀婦長は患者柴橋きみの入院を予想し、収容手続を円滑に行うため、正式の入院決定前、原告に対し、本館四階外科病棟の状況を打診(問合せ)したところ、原告から病棟の繁忙を理由に新患の収容が困難である旨の回答があったというものであり、その際、大賀が原告に入院の決定を告知し、または、病床準備の指示を明示的には勿論、黙示的にもなしたとは到底認められず(これを認める証拠はない)、したがって、原告がこれを拒否したものということはできないから、原告が大賀婦長の指示命令に反抗したとはなしがたく、かつまた、原告が大賀の前記打診に対し自己病棟の状況を説明し新患収容の難易につき自らの意見を具申することは、勤務看護婦の職責に適合し、前記就業規則一七条により当然許容されているところであり、また、原告の前記発言は、その内容程度において右意見具申権限を逸脱し、故らに反対を唱えているものとはみられず、患者の他院収容の発言についても、大賀婦長の質問に素直に返答したものと四囲の情況から読みとれ、かつ、その内容においても、患者の重篤なことからその可及的安全をはかるべく、より円滑な収容・手当を期する趣旨から出たものであると解され(したがって、いわゆるタライ回しの発言ではない)、したがって、原告の右発言(意見具申)により、大賀婦長の職務が故らに阻害されたことはなく、原告自身そのような意図があったとも到底認めがたい。

5  もっとも、被告は、姫路赤十字病院では当直婦長が病棟看護婦に空床の種類を問合わせ、患者収容の希望を述べることはその旨の指示命令に他ならず、右看護婦もその指示と了解して行動するのが通常であり、本件の場合も大賀婦長の言動は患者収容の指示である、と主張し、(人証略)中には右主張に沿う部分があるが、本件の場合、前示のとおり、いまだ医師により正式の入院決定がなされたわけではなく、かつ、また、患者収容の準備の点からしても、当直婦長は病棟看護婦に問合せ前に空床の種類を把握しているわけでなく、したがって、当直婦長からの空床の種類の問合せ自体が直ちに収容準備命令の存在を前提としているものと理解することは困難であり、また、当直婦長から患者収容の希望が開陳されたとしても、それだけから直ちに収容指示を含むものと解することは、たとえ女性同士の職場の事柄であることを勘案しても、社会通念にてらし即坐に首肯することはできず、諸般の状況にてらしてその肯否を決するほかはないところ、本件においては、大賀婦長は定時の病棟巡回に際し、しかも帰り際に空床の有無等を問合せているものであり、当該患者に対する入院決定の存在を告知しておらず、かつ、右患者は目下搬送中であるというのであって(しかも遠方より)、即刻収容の必要に迫られていたわけではなく、さらに、別科(内科)の患者であって卒倒中という重篤な状況にあることからして軽々に事を運びかねる事情がある等からすれば、大賀婦長の本件発言は単なる問合せ(打診)の域を脱しないものとみるのが相当であり、したがって前記各証言はにわかに措信することができず、被告の前記主張は採用することができない。

6  以上のとおりであるから、原告の前記言動は職務上の指示命令に反抗したものとも、また、業務の遂行を阻害したものとも到底いえないから、原告に就業規則一二八条四号、六号に該当する事由のあったことを理由とする本件解雇は無効である。

三  請求原因4の事実は当事者間に争いがなく、被告が本件解雇を有効として、原告が被告の従業員たる地位を有することを争っていることは弁論の全趣旨から明らかである。

四  最後に、損害賠償請求の当否について判断する。

本件解雇が違法であることは前記二に判示のところから明らかであり、そうすると、被告は原告に解雇事由がないのに本件解雇を行ったことに過失があったものと一応推認することができる。

しかしながら、被告は、原告の処分については極めて慎重を期しており、すなわち、事件発生後直ちに関係者たる原告および大賀婦長から事情聴取したのみならず、石村看護部長からも全般の報告を受け、また、応分の措置を望むとの当病院婦長会の意見および厳重処分を望むとの同医局会の意見などを参酌し、当病院所属上長等を構成員とする管理者会議を二回開催して審議のうえ、二か月後に原告の処分を発令したものであることは、(証拠略)を総合して認めることができ(これに反する証拠はない)、また、法的責任の存否はさておき、結局のところ患者死亡という重大結果が発生した以上、当病院としては、その公共性から地域社会への社会的責任も重く事件を軽々に処理することは叶わず、関係者に対する相当処分の必要に迫られることは、爾明の理であり、なおまた、直接の関係人として相対立する原告らと大賀婦長がいるほかは、適当な参考人に乏しく、しかも、諸般の事情からすると、大賀婦長の弁明も単なる弁護とも強ちなしがたく、相応の信用性ありと思料した被告側の判断にも相当の理由があるとみられ、これら諸点からすると、被告が原告に対し本件懲戒処分をしたことには過失はなかったと解するのが相当である。

なお、原告は本件解雇が不当労働行為にも該当すると主張するが、前記判示のところからすれば、被告は患者が死亡したという結果の重大性等を考慮して本件解雇を行ったものと推認され、本件全証拠によるも、本件解雇が不当労働行為に該当するとは認められないから、原告の右主張は採用することができない。

すると、原告の慰謝料の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

五  以上のとおりであって、原告の請求は、被告の従業員たる地位を有することの確認、昭和五二年五月以降毎月一六日限り金一七万三五五五円の給与の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 砂山一郎 裁判官 見満正治 裁判官 辻川昭)

就業規則

第一二八条 職員は、左の各号の一に該当するときは懲戒解雇する。但し、情状に依って譴責又は減給の処分に止めることがある。

一、出勤常でなく勤務に不熱心なとき

二、適法でない怠業、その他の争議類似行為をなしたとき

三、二回以上懲戒を受け尚改悛の実がないと認められたとき

四、業務の遂行を故意に阻害する行為をなしたとき

五、他人に対し暴行を加え、又は強迫したとき

六、業務上の指示命令に不当に反抗し、職場の秩序を紊したとき

七、職務に関し不当に金品その他を受取り、又は与えたとき

八、罰金以上の刑に処せられたとき

九、前条三、四、六、七に該当し情状重きとき

以上

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